MaydayArt

Shusuke Inaba's Blog

Gorogoa

Gorogoa

昨日、今日は夜はしるのをやめて、
NHKオンデマンドで米澤穂信のミステリー短編集「満願」のドラマを観たり、
iPadのアプリゲームGorogoaをしていました。――――素敵な絵本のパズルゲームです。http://gorogoa.com/

今は、Spotifyでハワイアンミュージックのプレイリストを流して、
成城石井で買ってきたハワイのビールを飲んでいます。http://konabrewingco.com/
窓を開けて、ハワイのラナイ(ベランダ)にいるような気分で。

それでいて、このビールを飲んでいる男性がですよ、
自分の楽しいことがわかりません、って言ってたら面白くないですか?。

これがね、よく言ってるんですよ。

楽しいこと、、、なにもないですね。
え、先週ですか?、ハワイに行ってました。

って会話を普通にしてるんです。
これ、コントですね。

ネタにできるからいいけれど、本気ならちょっと暗いね。

今も、梶井基次郎の檸檬なんて書き写していると、暗いだけで話がないの――――文学としては美しいけれど。
女よとか言ってる人もいるし。僕の前に道はないとか。みなさん暗いですよー。

たまに暗いのに浸るのもすごく楽しいんだけれどね。
基本、明るくいきましょうよ。――――書き写しの題材、落語にしようかな。

今日もありがとうございます。
どうかあなたに健康と幸福がありますように。


檸檬 3

 察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけたときの私自身を慰めるためには贅沢ということが必要であった。二銭や三銭のもの――――と言って贅沢なもの。美しいもの――――と言って無気力な私の触覚にむしろ媚びて来るもの。――――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。
 生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。しゃれた切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様をもった琥珀色や翡翠色の香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。そして結局一等いい鉛筆を一本買うくらいの贅沢をするのだった。しかしここももうそのころの私にとっては重苦しい場所に過ぎなかった。書籍、学生、勘定台、これらはみな借金取りの亡霊のように私には見えるのだった。
 ある朝――――そのころ私は甲の友達から乙の友達へというふうに友達の下宿を転々として暮らしていたのだが――――友達が学校へ出てしまったあとの空虚な空気の中にぽつねんとひとり取り残された。私はまたそこからさまよい出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そして街から街へ、先に言ったような裏通りを歩いたり、駄菓子屋の前で立ちどまったり、乾物屋のほしえびやぼうだらや湯葉を眺めたり、とうとう私は二条の方へ寺町を下り、そこの果物屋で足をとめた。
 ここでちょっとその果物屋を紹介したいのだが、その果物屋は私の知っていた範囲でもっとも好きな店であった。そこは決して立派な店ではなかったのだが、果物屋固有の美しさがもっとも露骨に感ぜられた。果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。何か華やかな美しい音楽のアッレグロの流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムにこり固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほどうず高く積まれている。
――――実際あそこの人参葉の美しさなどは素晴らしかった。それから水に漬けてある豆だとかくわいだとか。

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